循環器科

循環器科の具体的な症例

※こちらのページには手術シーンなどの刺激的な写真がございます。
ご気分が悪くなる場合もございますので、ご注意ください。

僧帽弁閉鎖
不全症
(粘液腫様性
僧帽弁疾患)

概要

僧帽弁は、左心房と左心室の間に存在する心臓弁(扉)です。通常、左心房から左心室へ向かう血液は通過させ、左心室から左心房へ向かう血液は遮断することで、血液の流れを一方通行にさせる働きを持っています。しかし、僧帽弁は歳をとると変形してしまい、弁が分厚くなってきます。さらに腱索(弁が左心房側にめくれ上がらないように抑えている紐状の構造物)が伸びてしまったり、ちぎれたりすることで弁の閉鎖がうまくできなくなってきます。この状態になると、僧帽弁で本来起こらないはずの逆流が発生し、左心室から左心房に血液が逆戻りしてしまいます。僧帽弁の閉鎖が十分にできないことから僧帽弁閉鎖不全症と呼ばれますが、原因は心臓弁膜症という病気で、犬で最も発生が多い心臓病です。

この病気は進行性で、時間が経つにつれてどんどんと弁の変形が悪化してしまいます。また、軽症の患者でも、あるとき急に腱索がちぎれてしまうと、急激に症状が悪化することもあります。病気が進行すると、咳、呼吸困難、肺水腫、運動不耐(疲れやすい)、左心房の破裂、突然死などを引き起こします。余命は病気の重症度によってまちまちですが、一度肺水腫が発生すると、内科治療を実施したとしても50%の患者が約9ヶ月以内に死亡してしまうと言われています(※1)。

【参考文献】 ※1 Ha ̈ggstro ̈m J, Boswood A, O’Grady M, et al (2008): J. Vet. Intern. Med., 22, 1124-1135.

診断

聴診で心雑音が見つかることで疑いをもつ場合が多く、レントゲン検査や心エコー検査といった画像診断で確定します。それらに加えて血液検査、血圧検査、心電図検査の結果も踏まえ、治療方針を決定していきます。

内科治療

初期であれば食事や運動などの生活指導と、定期検査による進行の確認を実施します。病状が進行し、心臓の拡大が現れてきたら強心剤の内服薬による治療が開始され、状況に応じて血管拡張剤などその他の薬剤も随時併用していきます。肺水腫が発生した場合には、利尿剤の投与や入院での酸素投与などを行いますが、中には治療の効きが悪く、死亡してしまう場合もあります。また、治療が効いて一旦肺水腫が改善したとしても、僧帽弁逆流は依然として存在するため、引き続き肺水腫再発のリスクを抱えることとなり、いずれは心不全により死亡してしまいます。内科治療では障害を受けた僧帽弁自体を治すことや、弁の障害の悪化を食い止めることは不可能であるため、完治を目指すには外科手術が必要となります。

外科治療

犬の僧帽弁閉鎖不全症に対する外科治療としては、僧帽弁形成術と呼ばれる手術が実施されます。肺水腫が発生したことのある患者や、肺水腫の危険性の高い患者など、中等〜重症な患者が適応となります。僧帽弁形成術は、人工心肺装置という心臓と肺の機能を肩代わりしてくれる機械を使用し、心臓の動きを止めた状態で実施します。左心房を切り開き、そこから僧帽弁を直視しながら手術を行います。伸びてしまったり、ちぎれてしまった腱索を人工の糸によって作り直す方法と、横に拡がってしまった僧帽弁を縫い縮める方法の2つの方法を合わせて実施し、逆流が制御できたことを確認したのち左心房の傷を縫合します。その後、心臓の動きを再開させて人工心肺装置から離脱します。手術成績は動物病院によってまちまちで、当院における僧帽弁形成術の生存率は約95%です(※2)。無事に手術を乗り越え、その後大きな合併症にかかることがなく過ごすことができれば、肺水腫を心配することなく寿命(老衰または僧帽弁閉鎖不全症以外の病気によって死亡するまで)を全うすることができます。手術後数ヶ月間は内服薬の投与が必要となりますが、最終的には心臓病に対する内服薬を終了することができる患者がほとんどです(※3)。

【参考文献】

※2 鈴木裕弥、三原吉平、佐藤恵一、他 (2021):第102回日本獣医麻酔外科学会オンライン学術集会抄録集、174.
※3 鈴木裕弥、三原吉平、佐藤恵一、他 (2021):第115回日本獣医循環器学会抄録、24.

当院での症例

動物

犬種

チワワ

性別

オス(去勢済み)

体重

3.4kg

年齢

9歳

状況

呼吸が荒いとのことで当院に来院。

  1. 来院・レントゲン撮影

    2日前から呼吸が荒いとのことで当院に来院。来院時には呼吸困難があり、聴診では心雑音と肺音の粗励が確認された。すぐにレントゲン撮影を行ったところ、心臓は拡大し、肺は白く写っていた(図1、2)。

    図1(胸部X線検査)
    図2(胸部X線検査)
  2. エコー検査

    心臓病が原因の肺水腫が疑われ、酸素室で入院治療を開始した。利尿剤や強心剤の治療を実施したところ、翌日には呼吸の状態やレントゲン検査での肺の状態は改善した。エコー検査を確認すると、僧帽弁での激しい逆流と心臓の拡大が見つかり(図3)、重度の僧帽弁閉鎖不全症による肺水腫であったと診断した。

    図3
  3. 僧帽弁形成術の実施

    内服薬を処方し退院としたが、その後も重度の僧帽弁閉鎖不全症は存在し、肺水腫再発のリスクが高いと考えられたため、1ヶ月後に僧帽弁形成術を実施した。手術は人工心肺装置でサポートをしつつ、心臓の動きを止めた状態で行った。左心房を切り開いて心臓の中を確認すると、僧帽弁は分厚く変形しており、腱索はちぎれてしまっていた(図4)。

    図4
  4. 人工の糸で縫合

    人工の糸で腱索を作り直し、拡がっていた僧帽弁の円周を縫い縮めた(図5)。

    図5
  5. 術後経過

    左心房の傷を縫合した後、心臓の動きを再開させて手術を終了した。手術後は順調に回復し、手術翌日には食事も完食し、元気も戻った。僧帽弁の逆流は完全に消失し(図6)、心臓の機能も順調に回復していたため、手術後8日目に強心剤を処方して退院とした。1ヶ月後には全ての内服薬を終了することができ、その後も体調を崩すことなく元気に過ごしている。

    図6

三尖弁閉鎖
不全症
(心臓弁膜症)

概要

心臓には4つの弁(扉)が存在し、そのうち心房と心室の間に存在する弁(房室弁)が僧帽弁(左心房と左心室の間)と三尖弁(右心房と右心室の間)です。通常、心房から心室へ向かう血液は通過させ、心室から心房へ向かう血液は遮断することで、血液の流れを一方通行にさせる働きを持っています。しかしこれら房室弁は、歳をとると徐々に変形し、分厚くなってきます。さらに腱索(弁が心房側にめくれ上がらないように抑えている紐状の構造物)が伸びてしまったり、ちぎれたりすることで弁の閉鎖がうまくできなくなってきます。この状態になると、房室弁で本来起こらないはずの逆流が発生し、心室から心房に血液が逆戻りしてしまいます。

一般的に、僧帽弁が最も悪くなりやすく、三尖弁での逆流は体調に影響しない場合が多いですが、まれに三尖弁の病変が重篤となり、右心不全(胸水、腹水、全身や臓器のむくみ)や咳を引き起こすことがあります。特に近年においては、僧帽弁閉鎖不全症に対する外科手術が普及してきており、僧帽弁閉鎖不全症で命を落とすことなく生存できるようになってきたことから、遅れて三尖弁閉鎖不全症が悪化するといった事例に遭遇することもあります。

診断

聴診で心雑音が見つかることで疑いをもつ場合が多く、レントゲン検査や心エコー検査といった画像診断で確定します。それらに加えて血液検査、血圧検査、心電図検査の結果も踏まえ、治療方針を決定していきます。

内科治療

右心房と右心室にかかる負担をやわらげるために、強心剤や血管拡張剤、利尿剤の投薬を行います。また、胸水が貯留している場合には、胸に針を刺すことで直接水を抜く必要があります。しかし、中には内科治療の効きが悪く、心不全が原因で死亡してしまう場合もあります。また、治療がうまく効いて症状が改善したとしても、三尖弁逆流は依然として存在するため、引き続き再発のリスクを抱えることとなります。内科治療では障害を受けた三尖弁自体を治すことは不可能であるため、完治を目指すには外科手術が必要となります。

外科治療

犬の三尖弁閉鎖不全症に対する外科治療としては、三尖弁形成術という手術が実施されます。右心不全を発症していたり、そのリスクが高いような重症な患者が適応となります。三尖弁形成術は、人工心肺装置という心臓と肺の機能を肩代わりしてくれる機械を使用し実施します。右心房を切り開き、そこから三尖弁を直視しながら手術を行います。伸びたり、ちぎれたりしてしまった腱索を人工の糸によって作り直す方法と、横に拡がってしまった三尖弁を縫い縮める方法の2つの方法を合わせて実施し、逆流が制御できたことを確認したのち右心房の傷を縫合します。その後人工心肺装置から離脱し、手術を終了します。

当院での症例

動物

犬種

トイプードル

性別

オス

体重

6.3kg

年齢

9歳

状況

腹水が現れるようになったとのことで当院に来院。

  1. 来院・レントゲン撮影

    8ヶ月前に僧帽弁閉鎖不全症の手術を実施した患者で、腹水が現れるようになったとのことで当院に来院。当院の検査では、レントゲン検査での心臓の拡大、エコー検査での三尖弁の変形と激しい逆流が見つかり(図1)、重度の三尖弁閉鎖不全症と診断した。

    図1
  2. 内科治療

    一度薬剤による内科治療を実施したが改善に乏しく、すでに右心不全(腹水)も発症していたことから、1ヶ月後に三尖弁形成術を実施した。右心房を切り開いて心臓の中を確認すると、三尖弁は分厚く変形しており、一部の腱索はちぎれてしまっていた。

  3. 人工の糸で縫合

    人工の糸で腱索を作り直し、拡がっていた三尖弁の円周を縫い縮めた(図2)。

    図2
  4. 術後経過

    右心房の傷を縫合した後、手術を終了した。手術後は順調に回復し、手術後2日目には食事も完食し、元気も戻った。三尖弁の逆流は大きく減少し(図3)、心臓の機能も順調に回復していたため、手術後10日目に強心剤の内服薬を処方して退院とした。2ヶ月後には全ての内服薬を終了することができ、その後も心不全をおこすことなく体調も良好。

    図3

心室中隔欠損症

概要

心室中隔欠損症は、胎児の頃に異常がおこることでかかる生まれつきの病気です。通常、左心室と右心室は心室中隔という壁によって分けられており、左心室と右心室の間で血液の行き来は起こりません。心室中隔欠損症は、この心室中隔に生まれつき穴が開いてしまっており、左心室と右心室の間で血液が行き来してしまう病気です。右心室よりも左心室の力の方が強いため、穴を通じて左心室から右心室に血液が流れ込みます。右心室に流れ込んだ血液は肺を通ってもう一度左心室に入っていくため、左心室には血液が過剰に貯まることとなり、負担がかかってしまいます。

重症度は穴を通る血液の量、すなわち穴の大きさによって決まります。軽症な患者では生涯を無症状で過ごすことができたり、成長とともに穴が閉じることもあります。一方、重症な患者では左心不全を引き起こしたり、肺の血管に負担がかかることで、咳、呼吸困難、肺水腫、運動不耐(疲れやすい)、突然死などの症状が発生します。

診断

聴診で心雑音が見つかることで疑いをもつ場合が多く、レントゲン検査や心エコー検査といった画像診断で確定します。特に重症度を判断するには、エコー検査で穴の大きさや血液の流れの速さを確認する必要があります。それらに加えて血液検査、血圧検査、心電図検査の結果も踏まえ、治療方針を決定していきます。

内科治療

軽症であれば、治療の必要はなく定期検査だけで済む場合もあります。中等〜重症であれば、心臓の負担をとるために血管拡張剤や利尿剤などの内服薬を使用します。しかし、内科治療では開いた穴を塞ぐことは不可能であるため、完治を目指すには外科手術が必要となります。(例外として、小さな穴は成長とともに自然と塞がることがあります。)

外科治療

犬の心室中隔欠損症に対する外科手術は、人工心肺装置という心臓と肺の機能を肩代わりしてくれる機械を使用し、心臓の動きを止めた状態で実施します。心臓を切り開き、穴にパッチ(つぎあて)を当てて塞ぐ方法が用いられます。大きな穴が開いた患者や、心不全を発症してしまった患者が適応となりますが、肺の血管に負担がかかったせいで血液の流れの方向が逆転(右心系の圧が左心系の圧を超えて)してしまった場合(アイゼンメンジャー症候群)には手術は禁忌とされています。

当院での症例

動物

犬種

柴犬

性別

オス

体重

4.5kg

年齢

5ヶ月

状況

心室中隔欠損症が見つかったため、手術を目的に当院に来院。

  1. 来院・検査

    主治医にて心雑音が確認され、心室中隔欠損症が見つかったため、手術を目的に当院に来院。当院においても、聴診での心雑音やレントゲン検査での心臓の拡大、エコー検査での心室中隔の穴(図1)などが確認された。

    図1(→は心室中隔の欠損孔)
  2. 心室中隔欠損症の閉鎖術実施

    重度の心室中隔欠損症と診断し、血液の流れも逆転せずに左心室から右心室へと流れ込んでいたため、手術適応と判断した。1ヶ月後に心室中隔欠損症の閉鎖術を実施した。手術は人工心肺装置でサポートをしつつ、心臓の動きを止めた状態で行った。右心室を切り開いて心臓の中を観察すると、心室中隔に穴が認められたため、人工のフィルム状のパッチ(つぎあて)を縫い付けることで穴を閉鎖した(図2、3)。

    図2
    図3
    図4
  3. 術後経過

    右心室の傷を縫合し、心臓の動きを再開させて手術を終了した。手術後は順調に回復し、手術後2日目には食事も完食し、元気も戻った。パッチを縫い付けた部分にはわずかに血液の漏れが残っていたが、心臓への負荷は大きく改善しており、手術後9日目に血管拡張剤を処方して退院とした。1ヶ月後には全ての内服薬を終了することができ、3ヶ月後には手術部位の漏れも完全に消失した(図4)。その後も体調を崩すことなく元気に過ごしている。

    図5

動脈管開存症
(PDA)

概要

動脈管は肺動脈と大動脈をつなぐ血管であり、生まれてくる前の母犬のおなかの中で成長するために必要不可欠な血管です。母犬のおなかの中では肺で呼吸を行わないため、肺へと血液は送らずに肺動脈から直接、大動脈へと血液を送る通り道を動脈管が担っています。通常、動脈管は生まれてまもなく閉じますが、開いたままになってしまいさまざまな症状を発症してしまう場合を動脈管開存症と呼びます。動脈管開存症の発症の原因はまだ明らかにはなっていませんが、遺伝の可能性が考えられています。

この病気では、はじめのうちは大動脈から肺動脈へと血液が流れ込み、肺へと負担がかかってしまいます。病気が進行すると咳や呼吸困難、肺水腫、運動不耐(疲れやすい)などの症状を引き起こし、最悪の場合死亡してしまいます。さらに症状が進行すると肺の血管への負担が起きくなり、動脈管での血液の流れに逆転が起きてしまいます。その結果、肺動脈から大動脈へと血液が流れ込むようになり(アイゼンメンジャー症候群)、呼吸困難や失神を引き起こします。未処置の場合には1〜3年で半数以上の患者が死んでしまうといわれています。

診断

動脈管開存症は聴診により特徴的な心雑音が確認できる場合が多いです。その他に、レントゲン検査、心臓エコー検査、心電図検査などを組み合わせて確定します。

治療

薬による治療は難しく完治は望めないため、通常、外科手術が選択されます。外科手術による治療は動脈管の形や手術を行うタイミングによって適応や手法が異なるため心臓検査による病態の確認が必要となります。外科手術は、多くの患者では糸を用いて動脈管を結び閉じてしまう『結紮法』という方法で行います。心臓や大血管(大動脈や肺動脈)の手術では珍しく、人工心肺装置を使うことなく、心臓を止めずに行うことができます。胸を開き、肺動脈と大動脈の間にある動脈管に糸をかけて結びます。結んだ後に動脈管を通る血流がなくなったことを確認してから胸を閉じて手術を終了します。病気が進行し動脈管での血液の流れが逆転してしまう状態(アイゼンメンジャー症候群)になると、手術は不適応となってしまうため早い段階での手術が必要です。多くは手術後2〜3日で退院することができ、手術を無事に乗り越えた場合は通常の生活が行うことができるようになります。手術後には少し期間を空けて心臓検査を行い心臓の状態を確認します。

当院での症例

動物

犬種

ポメラニアン

性別

メス

体重

1.1kg

年齢

3ヶ月

状況

主治医にて心雑音が確認され、当院に来院。

  1. 来院・検査

    主治医にて心雑音が確認され、当院に紹介された。当院での検査でも、心雑音とレントゲン検査による心拡大、動脈管を通じて大動脈から肺動脈へ流れ込む血流が認められた(図1)。

    図1(↓は開存した動脈管)
  2. 手術の実施

    検査結果から動脈管開存症と診断し、動脈管での血流の逆転も認められなかったため手術を実施した。手術では胸を開き、大動脈と肺動脈の間に存在する動脈管を確認した。

  3. 動脈管の閉鎖

    動脈管の周囲の組織を剥がした後、動脈管を糸で結んで閉鎖した(図2)。

    図2
  4. 術後経過

    動脈管の血流がなくなったことを確認して、胸を閉じて手術を終了した(図3)。手術翌日から内服薬も使用せず、4日目には退院でき、現在も元気に過ごしている。

    図3

肺動脈狭窄症

概要

肺動脈狭窄症は、胎児の頃に異常がおこることでかかる生まれつきの病気です。通常、右心室から肺へと血液を送り出しますが、その間の経路として存在する血管が肺動脈です。肺動脈狭窄症は、この肺動脈が生まれつき狭くなってしまっている病気で、肺動脈弁という扉が生まれつきくっついて固まってしまっている癒合弁と、肺動脈自体の成長が悪い肺動脈低形成の2つの型に分類されます。どちらの型にしても、右心室は狭い肺動脈へと血液を送り出さなければならず、強い負担がかかった状態となるため、心臓の筋肉は次第に分厚くなっていきます。重症な患者では右心室から肺動脈へと十分に血液を送りだせなくなり、右心不全を引き起こしたり、心臓の筋肉への障害によって不整脈が発生したりします。

病気が進行すると、失神、運動不耐(疲れやすい)、不整脈、胸水、腹水、突然死などの重篤な症状がおこるようになります。余命は狭さの程度によってまちまちで、寿命まで無症状で過ごすことができることもあれば、右心不全や不整脈によって急死してしまうこともあります。

診断

聴診で心雑音が見つかることで疑いをもつ場合が多く、レントゲン検査や心エコー検査といった画像診断で確定します。特に重症度を判断するには、肺動脈を通過する血液の流れの速さをエコー検査で確認することが重要です。それらに加えて血液検査、血圧検査、心電図検査の結果も踏まえ、治療方針を決定していきます。

内科治療

病気が軽症であれば、心臓の筋肉の保護や心拍数の調整をするために、心臓の動きをゆっくりにさせて筋肉を休ませる薬(β受容体遮断薬)を使用します。病気が重症で、心不全を発症している状態であれば、利尿剤を使用することで体調の緩和を試みます。また、不整脈が出ている場合など、状況に応じて追加の薬剤を検討します。しかし、内科治療では肺動脈の狭窄自体を治すことは不可能であるため、完治を目指すには外科手術が必要となります。

外科治療

犬の肺動脈狭窄症に対する外科治療としては、右室流出路拡大術と呼ばれる手術が実施されます。重症な患者や、右心不全を発症してしまった患者が適応となります。右室流出路拡大術は、人工心肺装置という心臓と肺の機能を肩代わりしてくれる機械を使用し、心臓の動きを止めた状態で実施します。狭くなっている肺動脈を切り開き、肺動脈弁を切除します。その後、傷の上からパッチ(つぎあて)を当てて縫合することで、狭い肺動脈を広げます。その後心臓の動きを再開させて人工心肺装置から離脱し、手術を終了します。無事に手術を乗り越え、その後大きな合併症にかかることがなく過ごすことができれば、余命を延ばすことができます。

当院での症例

動物

犬種

トイプードル

性別

オス

体重

2.5kg

年齢

10ヶ月

状況

主治医にて心雑音が確認され、心臓病が疑われたため、当院に来院。

  1. 来院・検査

    主治医にて心雑音が確認され、心臓病が疑われたため、診断を目的に当院に来院。当院の検査では、聴診での心雑音やレントゲン検査での心臓の拡大が確認されたことに加えて、エコー検査にて肺動脈弁の癒合(くっついて固まってしまっている状態)と血液の乱流が認められた(図1)。

    図1
  2. 内科治療

    肺動脈狭窄症と診断し、無症状であったため、β受容体遮断薬により内科治療を開始した。しかし、11ヶ月後には病状が悪化し、運動後の息切れなどの症状が現れてきたため、1ヶ月後の1歳11ヶ月齢の時点で右室流出路拡大術を実施した。手術は人工心肺装置でサポートをしつつ、心臓の動きを止めた状態で行った。肺動脈を切り開いて心臓の中を観察すると、癒合した肺動脈弁が認められたため、肺動脈弁を切除し、パッチ(つぎあて)を当てた状態で縫合することで肺動脈を拡げた(図2、3、4、5)。

    図2
    図3
    図4
    図5
  3. 術後経過

    その後心臓の動きを再開させて手術を終了した。手術後は順調に回復し、手術後2日目には食事も完食し、元気も戻った。肺動脈の狭窄は改善しており(図6)、手術後7日目に利尿剤などの内服薬を処方して退院とした。1ヶ月後には、全ての内服薬を終了することができた。その後も体調を崩すことなく元気に過ごしている。

    図6

不整脈

概要

不整脈とは、心臓の動きのリズムが狂ってしまい、変則的な動きをするようになる病気です。いろいろな心臓病が原因となって発生しますが、それだけではなく、心臓以外の内臓の病気も原因となることがあります。不整脈は、心臓の動きが通常よりも早くなってしまう頻脈性不整脈と、通常よりも遅くなってしまう徐脈性不整脈に分けられます。どちらの不整脈も重症になると、咳、心不全、ふらつき、失神、突然死などの症状を引き起こします。治療法は不整脈の種類によってまちまちで、頻脈性不整脈に対しては内科治療が実施される場合がほとんどです。

数多くの不整脈に対する治療薬の中から、それぞれの不整脈に適した内服薬を選んで使用します。一方で徐脈性不整脈の場合には、内服薬の治療効果が弱い場合が多く、特に重症な患者では、ペースメーカー埋め込み術という外科手術が必要となります。ペースメーカーとは、止まっている心臓に電気を流すことで、心臓を人工的に動かすことのできる機械のことです。ペースメーカー埋め込み術には、太い血管の中にワイヤーを通して心臓に電極を設置する方法と、心臓の外から直接電極を縫い付ける方法がありますが、動物の場合には心臓に直接縫い付ける方法を実施する場合がほとんどです。ペースメーカーを体に埋め込んでおくことで、心臓が不整脈によって止まってしまった場合でも、機械によってすぐに心臓を動かすことができます。ペースメーカー埋込術の適応となる不整脈には、洞不全症候群、房室ブロック、心房静止などがあります。

当院での症例

動物

犬種

ミニチュアシュナウザー

性別

メス(避妊済み)

体重

6.2kg

年齢

14歳

状況

頻繁に失神が現れるようになり、当院に来院。

  1. 来院・心電図検査

    頻繁に失神が現れるようになり、診断を目的に当院に来院。当院の検査では、心電図検査によって不整脈が見つかり、ホルター心電図検査という24時間観察が可能な心電図検査を実施した。その結果、洞不全症候群という心臓が急に動きを止めてしまう不整脈であることが分かった(図1、2)。

    図1
    図2
  2. ペースメーカー埋込術の実施

    洞不全症候群は一般的に内科治療の効きが悪く、突然死のリスクも高い不整脈であるため、1週間後にペースメーカー埋込術を実施した。手術では胸を開いて心臓を露出した後、ペースメーカーのワイヤー先端にある電極を心臓の表面に縫い付けた(図3、4)。

    図3
    図4
  3. 術後経過

    ペースメーカーの設定(心拍数などの設定)を完了した後、ペースメーカー本体を腹部の筋肉の間に埋め込み、手術を終了した。手術後は順調に回復し、失神も起こさなくなった。ペースメーカーが問題なく作動していることを確認し(図5、6)、手術後2日目に退院とした。その後も失神は消失したままで、体調を崩すことなく元気に過ごしている。

    図5
    図6