冬が近づくと流行するインフルエンザですが、実は犬にも感染する「犬インフルエンザ」が存在することをご存知でしょうか。人間のインフルエンザとは異なるウイルスが原因で、咳や鼻水といった呼吸器症状を引き起こします。
本記事では、犬インフルエンザの種類や症状、感染経路、予防法などを獣医師が詳しく解説します。大切な愛犬の健康を守るため、正しい知識を身につけ、適切な対策を心がけましょう。
犬はインフルエンザに感染する?

結論から申し上げると、犬もインフルエンザウイルスに感染して体調不良を起こします。ただし、これは一般的に人間社会で流行する季節性のインフルエンザとは異なり、犬特有の「犬インフルエンザウイルス」によって引き起こされる呼吸器感染症です。
人間もインフルエンザに感染しますが、犬が感染するインフルエンザウイルスとは全く異なるウイルスのため、人間のインフルエンザは犬に感染しないと考えて問題ないでしょう。同様に、犬インフルエンザウイルスが人間に感染する例も報告されていません。
しかし、ウイルスが突然変異を起こして感染する可能性もゼロではないため、万が一に備えて症状や治療法をしっかり理解しておくことが重要です。
犬インフルエンザの種類
犬が感染するインフルエンザの種類は、1種類だけではありません。現在、世界中で確認されている主な犬インフルエンザの種類は、以下の3つです。
- H3N8型
- H3N2型
- H5N1型
H3N8型
H3N8型は、もともと馬に感染するインフルエンザウイルスでしたが、2004年にアメリカのフロリダ州にて、初めて犬への感染が確認されました。
もともと馬に感染していたインフルエンザウイルスが変異し、犬に感染したのが始まりです。そして、H3N8型ウイルスは犬の間で流行し、アメリカ全土に感染が拡大しました。
2025年10月時点では、日本国内での感染・発症は報告されていません。しかし、近隣のアジア諸国では感染報告があるため、「いつ日本に侵入してもおかしくない」と専門家が注意を呼びかけています。
H3N2型
H3N2型は、もともと鳥インフルエンザとして知られていましたが、2007年頃に韓国で初めて犬への感染が報告されました。H3N2型のインフルエンザは感染力が強く、その後中国やタイ、北米などでも感染が確認されています。
さらに、このH3N2型のインフルエンザは、流行が発生した犬舎に同居していた猫へ感染した例も報告されています。2025年10月時点では、日本国内で犬に感染したという公式な報告はありませんが、アジア諸国で感染が確認されているため、注意が必要です。
H5N1型
H5N1型は、高病原性鳥インフルエンザとして知られており、通常は犬に感染しません。しかし、2004年にH5N1型のインフルエンザウイルスを持つ鳥の死体を食べた犬が感染し、結果的に命を落としたという事例がタイで発生しました。
H5N1型ウイルスは非常に高い病原性を持つため、感染すると高熱や呼吸困難など、重篤な症状を引き起こす危険性が高いです。現時点では日本での発症事例はありませんが、H5N1型ウイルスに感染した鳥やその死骸との接触は避ける、定期的な健康チェックをするといった対策を講じておきましょう。
犬インフルエンザの主な感染経路
犬インフルエンザの主な感染経路は、「飛沫感染」と「接触感染」の2つです。
飛沫感染は、感染した犬の咳やくしゃみ、吠えた際に出る飛沫に含まれるウイルスを、近くにいる犬が直接吸い込むことで感染します。これは、感染犬と近距離で接触する際に最も起こりやすい経路です。
接触感染は、ウイルスが付着した物を介して感染する間接的な経路です。例えば、ウイルスが付着した水飲みボウルやおもちゃを共有したり、ケージや飼い主の手、衣服などを介してウイルスが口や鼻から侵入したりすることで感染します。ウイルスは環境表面で最大48時間程度生存することがあるため、衛生管理が重要です。
これらの理由から、ドッグランやペットホテル、トリミングサロンなど、不特定多数の犬が密集する環境では特に感染が広がりやすくなります。
犬がインフルエンザになった際の症状

犬がインフルエンザに感染した場合、多くは人間の風邪やインフルエンザに似た呼吸器系の症状を示します。ほとんどは軽症で回復しますが、一部は重症化し肺炎などを引き起こすことがあるため注意が必要です。
- 咳:最も一般的な症状
- 鼻水・くしゃみ:透明な鼻水やくしゃみが頻繁に出る
- 発熱:39℃以上の熱が出る
- 食欲低下:ぐったりして食欲が落ち込む
- 目やに:涙っぽくなったり、目やにが出る
これらの症状が見られた際は、動物病院で受診しましょう。重症化すると命に関わる危険もあるため、そのまま放置せず早めに受診することが重要です。
茶屋ヶ坂動物病院|総合診療科のご案内犬インフルエンザの治療法
犬インフルエンザウイルスそのものを直接退治する特効薬(抗ウイルス薬)は、残念ながら現在のところありません。 そのため、治療は犬自身の免疫力でウイルスを克服できるよう症状を和らげ、体力を維持するための「対症療法」が中心です。
病院でのケア・治療
病院でできるケアとしては、二次感染の予防や症状を緩和する治療、点滴や栄養剤の投与などが挙げられます。
インフルエンザに感染すると体力や免疫力が落ちてしまうため、細菌に感染して肺炎などの重い症状を引き起こすリスクが高まります。そのため、二次感染を予防するために抗生物質を投与することが一般的です。
症状を緩和する治療としては、咳止め薬や抗炎症薬の処方やネブライザー療法が挙げられます。インフルエンザで発症している症状に合わせて、適切な治療を施します。
また、食欲不振や発熱によって脱水症状が見られる場合、点滴で水分や栄養を補給させてあげることが一般的です。食欲がない犬には栄養価の高い食事や栄養剤を与え、体力の維持をサポートします。
家庭でのケア
インフルエンザの治療において最も大切なのは、安静と保湿・保温です。暖かく静かな場所でゆっくり休ませ、体力を消耗させないようにしてください。
また、空気が乾燥しないように加湿器などを使って適切な湿度を保つことも、呼吸器症状の緩和に役立ちます。ほとんどの場合、こうした対症療法によって2〜3週間で回復します。
犬インフルエンザの予防法

犬がインフルエンザに感染しないように予防する方法としては、主に以下の3つが有効です。
- 感染経路を断つ
- 他の動物との接触を避ける
- 免疫力を高める
感染経路を断つ
日本国内で最も重要かつ現実的な予防法は、ウイルスの感染経路を遮断することです。犬インフルエンザは、感染した犬の咳やくしゃみによる「飛沫感染」と、ウイルスが付着した物を介した「接触感染」で広がります。
そのため、咳や鼻水などの症状がある犬との接触は避けましょう。ドッグランやペットホテルなど、不特定多数の犬が集まる場所の利用後は、愛犬の体調を注意深く観察してください。
また、飼い主の手や衣服を介してウイルスを家庭に持ち込む可能性があるため、他の犬と触れ合った後や帰宅時には、手洗いや消毒を徹底することが非常に大切です。食器やおもちゃなどもこまめに洗浄・消毒し、衛生的な環境を保ちましょう。
他の動物との接触を避ける
犬インフルエンザウイルスには、もともと馬のウイルスだったH3N8型や、鳥インフルエンザウイルスが変異したH3N2型など、他の動物から犬へ感染が広がったものがあります。このように、インフルエンザウイルスは動物の種を超えて感染する可能性があるため、他の動物との接触に注意することが予防につながります。
特に、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)のリスクを考え、散歩中は野鳥が多く集まる場所や、鳥の死骸・フンには愛犬を近づけないようにしましょう。拾い食いをさせないことも重要です。
また、H3N2型は猫にも感染する例が報告されているため、咳などの呼吸器症状がある猫との接触も慎重になるべきです。原因がわからない体調不良の動物との接触を避けることが、愛犬を未知の感染症から守る上で大切です。
免疫力を高める
日頃から愛犬の免疫力を高く維持しておくことは、あらゆる感染症に対する根本的な予防策です。免疫力が高ければ、万が一ウイルスに接触しても感染しにくくなったり、感染しても発症しなかったり、軽症で済んだりする可能性が高まります。
具体的には、栄養バランスの取れた食事を与え、犬種や年齢に合った適度な運動を毎日続けることが基本です。また、十分な睡眠やリラックスできる時間を確保し、ストレスの少ない生活環境を整えることも重要です。
定期的な健康診断で健康状態をチェックし、病気の早期発見に努めることも、結果的に免疫力の維持につながります。
犬インフルエンザに関するよくある質問
犬のインフルエンザに関して、よく挙げられる質問とその回答を以下にまとめます。
Q.人から犬へ、犬から人へインフルエンザは感染しますか?
現時点では、人間と犬の間でインフルエンザが相互に感染する可能性は極めて低いと考えられています。人間が冬にかかる季節性インフルエンザと、犬インフルエンザは、原因となるウイルスの型が異なるためです。
つまり、飼い主様がインフルエンザにかかっても愛犬にうつる心配はほとんどありませんし、その逆も同様です。ただし、ウイルスは常に変異する可能性があるため、世界中の研究機関で監視が続けられています。
Q.症状がケンネルコフと似ているのですが、違いはなんですか?
犬のインフルエンザとケンネルコフは、症状が非常に似ているため、飼い主が見分けることは難しいでしょう。
ケンネルコフは、複数のウイルスや細菌が原因となる「犬の風邪症候群」の総称です。一方、犬インフルエンザは特定のインフルエンザウイルスによる単独の感染症です。
一般的に、犬インフルエンザの方が高熱が出やすく、咳などの症状が長引く傾向があると言われますが、個体差が大きいため一概にはいえません。正確な診断には動物病院での検査が必要ですので、自己判断せず獣医師に相談してください。
Q.どのような場合に犬インフルエンザに注意する必要がありますか?
犬インフルエンザは、日本国内での流行はありません。ですが、海外との接点がある場合は、特に注意が必要です。
具体的には、海外から輸入された犬や、海外のドッグショーに参加した犬、海外から帰国したばかりの犬と接触する際は注意しましょう。また、愛犬を連れて海外へ渡航する場合は、渡航先の流行状況を確認しておく必要があります。
帰国後しばらくは他の犬との接触を避け、体調を注意深く観察してください。いつウイルスが国内に侵入するかわからないため、日頃から衛生管理を徹底し、愛犬の健康状態をよく見てあげることが重要です。
日頃から愛犬の体調管理を徹底しましょう
犬インフルエンザは人間のものとは異なり、咳や鼻水といった呼吸器症状が特徴です。現在、日本国内で流行した例はありませんが、特効薬がないため、日頃からの予防が何よりも大切になります。
犬が集まる場所での衛生管理や、免疫力を高く保つための健康管理を徹底しましょう。愛犬の咳が続くなど、気になる症状が見られた際は、自己判断せずに早めに動物病院へご相談ください。









