腫瘍科

腫瘍科について

※こちらのページには手術シーンなどの刺激的な写真がございます。
ご気分が悪くなる場合もございますので、ご注意ください。

治療内容

がんの治療は大きく分けると、がんに対する積極的治療と、がんに伴うさまざまな体調異常をケアする支持療法に分けられます。積極的な治療には、人の医療と同様にがん治療の3本柱として、「外科療法」、「化学療法」、「放射線療法」があり、これらを組み合わせがんの根治やコントロールを目指します。支持療法とは、がん治療のすべての段階に考慮される治療です。積極的治療を支えるための治療や、治療が難しい段階ながらも残された時間をよりよく過ごすための緩和ケアなどがこれに当たります。

すべての治療にはメリットとデメリットがあり、こちらでさらに説明します。

外科療法

いわゆる手術での治療です。外科手術によってがんを切除し、必要に応じて周辺の組織やリンパも取り除きます。メリットとして、手術で一気にがんを切除できるため根治につながることも多い治療法になります。その一方で、体にメスを入れるため他の治療に比べ負担が大きくなりやすく、状況によっては内臓や身体の機能が一部損なわれてしまいます。

メリット

  • 一気にがんを取り除ける
  • 根治の可能性が最も高い

デメリット

  • 手術や麻酔の負担
  • 状況によっては合併症や機能障害がおこる

化学療法

いわゆる抗がん剤(点滴・注射・内服)での治療です。薬の力でがん細胞を死滅させ、増殖を抑えます。抗がん剤には多くの種類があり、がんの種類や体調によって使い分けます。メリットとして、薬が全身を巡るため転移してしまったがんにも効果がある唯一の治療法になります。その一方で、発熱や下痢・嘔吐などの消化器症状、脱毛などの副作用がおこることがあります。しかし、近年の支持療法の発展により、大幅な副作用が認められることはまれになりました。

メリット

  • 全身治療になる
  • 転移病変にも効果がある

デメリット

  • がんの種類によっては効果が乏しい
  • 副作用が出る可能性がある

放射線療法

放射線を当てることでがん細胞を局所的に死滅させます。獣医学の進歩によって、より正確で効果の高い放射線治療が可能になりつつあります。メリットとして、手術が難しい脳や鼻の中なども治療できることや、外科手術のように体を傷つける必要がない点があげられます。その一方で、治療設備が限られること(ご紹介での治療になります)、放射線特有の皮膚炎などの副作用があること、動物の場合治療に麻酔が必要となることがあげられます。

メリット

  • 手術が難しい場所でも治療可能なことがある
  • 体の機能や形態を温存できる

デメリット

  • 治療施設が限られる
  • 放射線治療の副作用(皮膚炎など)
  • 治療に麻酔が必要

支持療法

腫瘍のために生じるさまざまな不調を支持療法によって改善し、体調の維持を目指します。上記のがんに対する直接的な治療ではなく、いわば「がん」にかかった動物たちのサポートケアです。

栄養療法

がんにかかると吐き気や下痢、食欲不振など栄養面での問題もしばしば起こります。それらに対し胃腸薬や食欲増進剤を使い、また皮下点滴などでサポートします。さらにがんにかかった動物により適した食事を一緒に考えていくことや、チューブなどを用いた強制給餌など、ご家族様の支えも重要になります。

緩和ケア・痛みの管理

悪性腫瘍に伴う痛みを治療していきます。私たちが日頃使う頭痛薬のような作用の軽いものから麻薬系のより強力なものまで、がんのステージに応じて使用していきます。より良い形で、ご家族様と日々を過ごせるよう積極的に痛みの治療を行います。

治療実績

当院の腫瘍科精密検査の実施数

200 件/年

体調不良の原因の多くは軽症の問題です。しかし、長引く体調不良や症状が繰り返す場合には、重大な疾患が隠れていることがあります。体調不良を見逃したり放っておかず、早期の精密検査を受けましょう。体調不良はなくとも、健康診断で異常が見つかる確率は30%程度あり、元気なうちから積極的な検査を受けさせることも疾患の早期発見につながります。レントゲン検査、超音波検査、細胞診検査、体液検査、血液検査、尿検査、糞便検査、組織検査など、各種ツールを用いて癌の早期発見と集学的治療につなげます。

これまでの腫瘍科手術実績

  • 乳腺腫瘍、
    乳腺癌(部分切除、領域切除、全切除)
  • 甲状腺癌(甲状腺切除術)
  • 皮膚肥満細胞腫
  • 胃のGIST、胃腺癌(Y-U形成術)
  • 小腸リンパ腫
    (腸吻合術、胃瘻チューブ設置)
  • 副腎腫瘍(副腎切除術)
  • 口腔内扁平上皮癌(下顎切除術)
  • 大動脈小体腫瘍(心膜切除術)
  • 脾臓血管肉腫(脾臓摘出術)
  • 肺腺癌(肺葉切除術)

これまでの抗がん剤治療実績

  • リンパ腫(UW-25)
  • 血管肉腫(メトロノミック療法)
  • 肥満細胞腫(分子標的薬)
  • 小腸腺がん(分子標的薬)
  • GIST(分子標的薬)

これまでの検査実績

  • 針吸引生検
  • 腸内視鏡生検
  • 心臓腫瘍の開胸下生検
  • リンパ節生検
  • 骨髄生検
  • 鼻腔内腫瘤内視鏡生検
  • 直腸粘膜プルスルー生検

診断・治療実績

以下は当院での診断・治療実績の一例です。

動物

犬種

パグ

年齢

11歳

状況

かかりつけ医で肥満細胞腫の切除手術を受けたが、再発し、急激に増大した。腫瘍からの出血と排膿が続くため、その治療を求め紹介来院。

診断と治療

腫瘍は15cm近くに達しており、中心は壊死し出血と排膿していた。多発性にリンパ節は腫大しており、原発及びリンパ節から肥満細胞が多数採取された。胸部X線検査・腹部超音波検査で明らかな肝臓・脾臓・リンパ節転移は確認されなかった。
ご家族様は、出血と排膿を止めてあげたいとの希望で、また断脚手術は避けたいとのことなので、内科治療で改善を目指した。分子標的薬トセラニブを使用した所、腫瘍は縮小し出血もおさまった。腫瘍を縮小させた後、左前肢を残し手術を行った。病理組織学的検査で、複数のリンパ節転移を伴うグレードIII/ 高グレード肥満細胞腫と診断された。
以後も複数の抗がん剤を組み合わせて治療を行い、一般状態は良好で現在まで再発なく1年以上経過している。

考察

犬の高グレード肥満細胞腫は、半分以上が4ヶ月で亡くなってしまう非常に悪性度の高い集学的治療が考慮される疾患である。近年、分子標的薬という新規薬剤が良好な反応を示すことがわかり、本症例も著効した。本来であれば断脚手術は避けられない状況であったが、薬剤治療などをうまく組み合わせることで、前肢を温存し再発なく腫瘍を良好にコントロールできている。肥満細胞腫治療の選択肢は数多く存在するが、その適切な判断が重要になると考えられた。

動物

犬種

Mix犬

年齢

16歳

状況

口腔内下顎にしこりができ、急激に大きくなっているとのことで来院。

診断と治療

腫瘍は4cm以上で左下顎前臼歯領域にかけて存在し一部自壊・出血が認められた。パンチ生検を行い、各種検査にて転移は認めなかったことから、悪性黒色腫(メラノーマ)ステージ3と診断した。腫瘍は急激な増大を示し、出血と疼痛を呈するようになった。ご家族様は外科的な切除を望まれたため手術を実施した。
症例は高齢であり、軽度腎機能低下があったことから、慎重な麻酔管理を行った。観血的血圧測定及び血液ガス管理を行い、強心剤・麻薬系鎮痛剤を併用して術後も集中管理を行った。手術は大きな合併症を認めることなく、左片側下顎切除で腫瘍は完全切除となった。同時に切除した下顎リンパ節に腫瘍細胞は認められなかった。また麻酔からも良好に回復し、翌日には食事をとって2日後には退院となった。
症例は約1年後に老衰で亡くなったが、それまで良好に食事可能であり、局所再発や転移を認めることなく良好に経過した。

考察

犬の口腔内は悪性腫瘍がよく発生する場所である。中でもメラノーマは急激に大きくなることが多く早期に自壊・壊死・出血を呈し生活の質が著しく低下する。転移しやすい一方で、完全切除によってコントロールも可能であり早期発見・早期治療が望まれる。近年、本症例のように高齢であっても麻酔技術の向上でより安全な手術が可能になっている。良好な周術期管理によって腫瘍の根治が達成できたものと考えられた。

動物

犬種

トイ・プードル

年齢

11歳

状況

免疫介在性溶血性貧血(IMHA)で、治療反応悪く予後不良と診断されたとのことで、セカンドオピニオン来院。

診断と治療

来院時、主訴の重度貧血を認めた。しかしながら、血液検査においてIMHAの所見に乏しく貧血のタイプが異なることから診断を見直すこととした。当院で超音波検査を実施した所、小腸に3cm大の腫瘤を認めた。糞便検査にて重度の潜血反応を示し、血液検査にて血清鉄値の著しい低値を認めた。以上から、小腸腫瘤とそこからの出血及び鉄欠乏による非再生性貧血と診断した。
輸血などの支持療法を行い、小腸腫瘤を切除した所、一般状態及び貧血は良好に回復した。小腸腫瘤は悪性の平滑筋肉腫との診断であったが、完全に切除されており、リンパ節などに転移もなかったことから経過観察とした。
現在、貧血は改善したままで、腫瘍の再発、転移を認めずに術後1年以上良好に経過している。

考察

悪性腫瘍に罹患すると出血や血球破壊、免疫異常などさまざまな原因で貧血を呈する。そのアプローチには血液検査結果の慎重な判定や、骨髄検査や画像診断など総合的解釈が求められる。犬では免疫介在性溶血性貧血も良く認められる疾患であり、貧血は重篤な病態であることから正確で早急な診断が必要である。小腸腫瘍はまれに持続性や急性の出血を呈し、腫瘤が小さい場合は見逃され血液疾患の貧血と診断されることもあるため注意が必要である。腫瘍の診断には内科・外科共に鑑別診断を立てる総合診療的考察が大切と考えられた。

動物

犬種

ゴールデン・レトリーバー

年齢

10歳

状況

元気食欲の消失後、虚脱状態になりかかりつけ医を受診。心タンポナーデが疑われるとのことで当院夜間緊急に紹介来院。

診断と治療

来院時、症例は心音微弱であり虚脱状態であった。酸素吸入下で迅速に心臓超音波検査を実施し、多量の心嚢水と右心房自由壁に腫瘤病変を認めた。エコーガイド下で多量の血液様の心嚢水を抜去したが、数分で同程度の再貯留が確認された。
以上より心臓右心房自由壁腫瘤病変の破裂による心タンポナーデと診断した。外科手術以外の救命手段はないと考え、ご家族様と相談し緊急手術とした。
開胸、心膜切開後、血液が心臓より噴出するのを確認した。サテンスキー血管鉗子で緊急的に止血後、腫瘤を可能な限り切除して連続縫合で右心房を再建した。出血が大幅に減少し安定したため手術終了とした。病理組織学的検査は血管肉腫の診断だった。術後は大幅な合併症なく、4日目に退院となった。術後2ヶ月で症例は肺転移を認め亡くなったが、それまで臨床症状なく良好な生活が送れた。

考察

犬の心臓腫瘍は腫瘍からの出血で心タンポナーデになり急激な状態悪化を呈すこと多く、ときに心臓破裂による突然死をおこす。今回、緊急手術によって致命的状態から救命することができた。リスクを伴う手術ではあるが、術後大幅な改善が望め、ある程度の期間良好なQOL(生活の質)を維持することができるため、実施する価値は十分あるものと考えられた。近年、手術や新規薬剤の登場で心臓腫瘍の治療選択肢が増加しており、治療成績の改善が期待される。

動物

猫種

日本猫

年齢

3歳

状況

元気・食欲が低下し、急に呼吸が粗くなったとのことで来院。

診断と治療

来院時、呼吸困難で開口呼吸を呈していた。酸素吸入下で各種画像検査を実施した所、多量の胸水貯留が認められた。エコーガイド下で慎重に赤色に混濁した胸水を抜去すると呼吸状態は改善した。胸水検査にて異常な形態を示す多数のリンパ芽球様細胞を認め、レントゲン検査にて前縦隔に腫瘤を認めた。その他臓器に以上は認められなかったことから縦隔型リンパ腫と診断した。
L-アスパラギナーゼ、プレドニゾロン、ビンクリスチン、シクロフォスファミド、ドキソルビシンなど多種類の抗がん剤治療を実施した。症例は化学療法に良好に反応を示し、早期に寛解導入が得られた。治療クール終了後、慎重に経過観察を続け、現在4年以上経過しているが明らかな再発や新規リンパ腫病変の発生なく良好に経過している。

考察

リンパ腫は猫で最も多く認められる悪性腫瘍の1つである。治療を行わない場合、1ヶ月程度で斃死してしまう症例が多く、早期の診断と治療が必要である。血液腫瘍であるため、全身療法である抗がん剤治療を用いる。薬剤の適切な使用が重要で種類・投薬量の選択と副作用の慎重なモニターが必須である。本症例は、大きな副作用を認めることはなく治療に良好に反応し、長期間寛解を維持している。

心臓腫瘍の診断・治療実績

犬猫において心臓の腫瘍は珍しい病気で、発生率は決して高くはないですが、実際に発症すると重篤となりやすくまた予後の悪い腫瘍が多いことから、十分に注意の必要な病気です。
腫瘍の内訳としては、犬においては血管肉腫や大動脈小体腫瘍が、猫においてはリンパ腫が発生しやすいと言われています。腫瘍の種類によって予後や効きやすい抗癌剤はさまざまであることから、それぞれの腫瘍に合わせた抗癌剤を中心に治療を実施します。

臨床症状も腫瘍の種類や病状によって異なりますが、元気や食欲の低下、貧血、心タンポナーデなどがしばしば認められます。心タンポナーデとは、心臓を外から包んでいる心膜と心臓との隙間に液体(心囊水)が貯まることが原因となり、物理的に心臓を圧迫してしまうことで循環が悪くなる病状のことを指します。心囊水の性状にも種類があり、腫瘍から液体が滲み出るものと、腫瘍の一部が破裂し出血するものに分けられますが、いずれの原因にしても循環動態の悪化により虚脱など重篤な症状を引き起こします。また腫瘍が悪性であった場合、全身の他の臓器に転移をすることでさらに病状が悪化し最終的には亡くなってしまいます。

診断

元気、食欲がない、息が荒いなどの症状が発症してから発見される場合が多く、レントゲン検査や心エコー検査といった画像診断で診断します。腫瘍のできている部位や大きさ、臨床症状、血液検査結果などを頼りに腫瘍の種類を推測し、治療方針を検討する場合が多いですが、確定診断には病理検査が必要です。

病理検査は、心臓周囲から採取してきた貯留液(心囊水)での実施が可能な場合もありますが、手術によって腫瘍自体を採取する生検が必要となることも多く、一方で全身状態が悪く手術が困難である患者も多いことから、生前に確定診断が困難な場合も多々あります。しかし、腫瘍の種類によってその後の治療方針が変わるため、可能な限り確定診断を目指した検査が必要です。

内科治療

心臓腫瘍の患者の多くでは、手術による完全切除は困難な場合が多く、抗癌剤を中心とした腫瘍の抑制治療が実施されます。腫瘍の種類によって効果の出やすい抗癌剤は異なり、また体調によって許容できる副作用の強さにも差があることから、患者ごとに適当な種類、量、間隔の抗癌剤を調整して使用します。
抗癌剤には、点滴や注射で使用するものや、飲み薬で使用するものなど、さまざまな種類があります。また、腫瘍の種類によっては放射線治療が適応となるものもあります。

外科治療

心臓腫瘍の大きさや、できている部位によっては、手術によって切除が可能な場合もあります。全体もしくは一部でも切除が可能であれば、病理検査によって腫瘍の種類を確定することができます。一部切除をした場合や、再発の危険性の高い腫瘍である場合には、その後抗癌剤や放射線の治療に移行します。

  1. 来院

    元気食欲の低下などの体調不良がみられ、主治医にて心嚢水の貯留が確認された。針を刺して吸引したところ血液様の液であったため、心臓腫瘍を疑われて当院に来院された。主治医で行った心囊水の病理検査では腫瘍細胞は見つからなかった。

  2. エコー検査

    当院の検査では、エコー検査での右心房における腫瘤(できもの)、心囊水の貯留(図1)が確認されたが、心タンポナーデは発症していなかった。完全切除が困難な大きさ、部位であったため、外科手術は実施しなかった。

    図1(PE:心囊水、Mass:腫瘤)
  3. 抗癌剤による治療開始

    典型的な部位や臨床症状であったことから、犬の心臓腫瘍として発生の多い血管肉腫と推測し、抗癌剤による治療を開始。抗癌剤は血管肉腫に効き目の出やすいドキソルビシン(3週間毎、点滴)を選択。

  4. 心タンポナーデの発症を確認

    抗癌剤を開始してから体調は改善傾向で、心囊水の貯留も減少し、元気食欲も戻ってきたが、治療開始から約9週後に体調が再度悪化し、検査によって心タンポナーデの発症が確認された。

  5. 心膜切除術と心臓腫瘍の生検を実施

    その2日後に心タンポナーデの防止と腫瘍の確定のために、心膜切除術(心臓周囲の心膜を切除することで、心嚢水が心臓を圧迫することを回避するための手術)と心臓腫瘍の生検を実施した。腫瘍は心臓の右心房を巻き込むように存在しており(図2)メスによって一部を切除し、その後心膜も可能な限り広範囲に切除。またその際に肺に転移と思われる病変が認められたことから、その部位も同時に切除し生検を行った。

    図2(RA:右心房、Mass:腫瘍)

考察

病理検査の結果により、心臓の血管肉腫と確定診断が得られたが(図3)、やはり肺の病変は転移であり、引き続き抗癌剤の治療と体調に合わせた対症療法を実施した。その後心タンポナーデの発症は防止でき、再度食欲も増加し一時的に体調は回復したが、肺への転移が進行したことで治療開始から約3ヶ月後に亡くなった。

図3
  1. 来院

    元気食欲の低下がみられ、主治医にて心嚢水の貯留と心臓の壁に存在する腫瘤が確認された。針を刺して吸引した心囊水からは腫瘍細胞と思われる細胞が認められたため、心臓腫瘍を疑われて当院に来院。

  2. レントゲン検査

    当院の検査では、レントゲン検査での心臓の拡大(図1)、エコー検査での大動脈と左心房の間に存在する腫瘤、心囊水の貯留(図2)などが確認され、心タンポナーデを発症している状態だった。腫瘤の位置から大動脈小体腫瘍が候補として考えられたが、典型的とまでは言えず、確定的な診断は困難だった。

    図1
    図2(LA:左心房、LV:左心室、Ao:大動脈、PE:心囊水、Mass:腫瘤)
  3. 心膜切除術と心臓腫瘤の生検を実施

    心タンポナーデの防止と心臓腫瘍の確定を目的に、初診日の4日後に心膜切除術と心臓腫瘤の生検を実施。腫瘍は心臓の左心房にへばりつくように存在しており(図3)、メスによって一部を切除。その後心膜を可能な限り広範囲に切除して手術を終了した。

    図3(LA:左心房、LV:左心室、Mass:腫瘍)

考察

病理検査の結果により、当初予想された大動脈小体腫瘍ではなく、異所性甲状腺癌という悪性腫瘍であることが判明(図4)。心膜切除術により心囊水は貯留しなくなったが、手術による摘出の困難な異所性甲状腺癌に対する抗癌治療としては放射線治療が第一選択となるため、対応可能な他施設を紹介し、放射線治療を開始した。現在手術から約6ヶ月経過したが、手術や放射線治療により食欲などの体調は回復し、元気に過ごしている。

図4

唾液腺嚢胞の診断・治療実績

唾液腺嚢胞とは、唾液を分泌する唾液腺やその通り道である唾液管の損傷や閉塞の結果、皮下に唾液が漏れて溜まってしまう病気で、犬では舌下腺と下顎腺での発生が多いとされます。唾液腺粘液瘤、唾液腺嚢腫と呼ばれることもあります。嚢胞と呼ばれる袋状の構造物に唾液が貯留するため、あごや舌、咽頭部付近に大きな腫れが認められます。腫れのできる部位によって症状は異なりますが、摂食障害や嚥下障害(うまく飲み込めない)、呼吸困難をおこす場合もあります。治療は針を刺して貯留液を抜く方法がありますが、再発が多いため、症状のある場合や再発の多い症例では外科的に唾液腺を切除する方法が推奨されます。

  1. 来院・検査

    くしゃみといびきがひどくなり息がしづらそうとのことでかかりつけ医を受診したところ、口腔内に腫瘤が形成されていることが判明。針吸引にて内容物を抜去していたがすぐに再発するとのことで、セカンドオピニオンとして当院に来院。口腔内咽頭部にて唾液腺様の腫瘤が確認された(図1)。

    図1
  2. 腫瘤切除の実施決定

    腫瘤は咽頭部を占拠し、呼吸を障害していたため非常に危険な状態であり、早急に処置を行う必要があると判断された。ご家族様は、針吸引による内容物の抜去では改善が乏しいこと、頻回の麻酔下処置が必要であることを憂慮しており、根治をご希望されていることから、外科的な腫瘤切除を実施することとした。

  3. 術後

    手術は口腔内からアプローチし腫瘤を摘出、欠損した咽喉頭粘膜を形成し終了した。病理検査により、腫瘤は「唾液腺嚢胞」であったと診断された。唾液腺嚢胞は再発する場合があり慎重な観察が必要であるが、現在のところ再発は確認されず、呼吸状態、全身状態ともに良好に経過している。

猫の消化器型リンパ腫の診断・治療実績

猫の消化管腫瘍の中で最も一般的なリンパ腫です。猫白血病ウイルス(FeLV)が陰性の老齢の猫で発症することが多く、症状としては、嘔吐や下痢、食欲不振などが認められます。診断はエコー検査や細胞診検査、内視鏡検査などを行い、病理検査により確定されます。治療による反応や予後は、腫瘍のグレードや分類(B細胞or T細胞、大顆粒性など)、ステージによりさまざまであり、低悪性度(高分化型)の場合には化学療法による治療で生存期間中央値は2年とされ、高悪性度(低分化型)の場合には、化学療法で6~9ヶ月の生存期間と報告されています。消化管に閉塞や穿孔が認められた場合には、外科手術と化学療法が併用される場合が多いです。

  1. 来院・エコー検査

    元気食欲の低下、嘔吐を繰り返すとのことで来院された。腹部エコー検査を実施したところ、空腸に直径約3cmの腫瘤性病変、腹水貯留を認めた(図1)。

    図1
  2. 空腸腫瘤性病変における腸穿孔の疑い

    その後抜去した腹水から多数の好中球(炎症の存在を示唆する白血球)および細菌を認めたため(図2)、空腸腫瘤性病変における腸穿孔を疑った。ご家族様は早急な外科的処置を希望されたため、緊急手術を実施。

    図2
  3. 緊急手術の後、「高グレードリンパ腫」と診断

    開腹後、空腸腫瘤性病変と同部位の穿孔を確認、腸切除および腸吻合(切除した腸の端同士をつなげる)を行った(図3)。病理組織学的検査にて「高グレードリンパ腫」と診断された(図4)。

    図3
    図4
  4. 抗がん剤を用いた治療

    術後、ご家族様と相談のうえ、プレドニゾロン、ビンクリスチン、シクロホスファミド、ドキソルビシンなどを中心とした多種類の抗がん剤を用いた治療を実施した。症例は外科治療および化学療法に良好に反応を示し、現在、抗がん剤治療は終了し経過を観察しているが明らかな再発等は認められず良好に経過している。

  1. 来院・エコー検査

    1週間前から元気食欲がないとのことで当院に来院。腹部触診にて腫瘤が触知されたため腹部エコー検査をおこなったところ、十二指腸に5cmを超える腫瘤が認められた(図1)。

    図1
  2. 開腹手術ならびに胃瘻チューブ設置術の実施

    針吸引生検による細胞診検査の結果、腫瘤は悪性度の高い腫瘍であることが示唆された。腫瘤が巨大なため完全切除は困難である可能性があったが、ご家族様はなんとかご飯を食べられるようにしてあげたいと積極的な治療をご希望されたため、開腹手術ならびに胃瘻チューブ設置術を行った。

  3. 腫瘍の減容積ならびに切除生検

    腫瘤は十二指腸から発生し、空腸方向に向かい腸間膜動脈を巻き込むように浸潤し、さらに腸間膜から結腸にまで広がっており、外科的に完全切除は不可能であると判断された(図2)。そこで腫瘍の減容積(腫瘍を部分的に切除して小さくする)ならびに切除生検を行い、腫瘤部位における腸管内腔の開通を確認したのち、胃瘻チューブを設置して手術を終了した。

    図2
  4. 「消化器型リンパ腫」の診断

    腫瘍の病理検査の結果、悪性の「消化器型リンパ腫」であると診断(図3)。術後の抗がん剤治療も選択肢として考慮されたが、胃瘻チューブの設置により栄養管理ができるようになったため、ご家族様はこれ以上の積極的な治療は希望されず、緩和的なケアを行っていくこととした。

    図3
  5. 胃瘻チューブでQOLを維持した生活を辿る

    現在、胃瘻チューブを使用することで栄養管理や投薬は継続できており、生活の質(QOL)を維持した経過を辿っている。

猫のリンパ腫のステージ分類

ステージⅠ

  • 単一のリンパ節病変
  • 胸腔腫瘍を含む単一の腫瘍病変

ステージⅡ

  • 横隔膜から同側にある複数のリンパ節病変、腫瘍病変
  • 切除可能な胃腸管腫瘍

ステージⅢ

  • 全身のリンパ節病変
  • 横隔膜の両側にある複数のリンパ節病変、腫瘍病変
  • 切除可能なすべての広範囲消化管腫瘍

ステージⅣ

  • ステージⅠ~Ⅲに加え、肝臓・脾臓に病変が存在

ステージⅤ

  • ステージⅠ~Ⅳに加え、中枢神経系・骨髄に腫瘍細胞が存在

胃腺癌の診断・治療実績

犬の胃の腫瘍で最も多いのは胃腺癌です。胃腺癌は胃の幽門(出口)付近に発生が多いとされていて、雄で特に多いとされています。症状としては慢性的な食欲低下や治療に反応しにくい嘔吐などが多く認められます。まれに吐血や貧血、体重減少などが認められることもあります。診断はエコー検査やCT検査、内視鏡検査、細胞診検査などを併せて行い、病理検査にて確定します。症状が認められ、胃腺癌が見つかったときには手術できないほど大きくなっている場合も多く、近くのリンパ節への転移が高確率に認められます。治療法としては抗癌剤や外科手術が選択肢となりますが、過去の報告では外科手術や抗癌剤を受けた20頭中10頭は1ヶ月以内に死んでしまい、全頭が10ヶ月以内に死亡してしまうほど予後が悪いとされています。

  1. 来院・腹部エコー検査

    数ヶ月前から嘔吐がみられたためかかりつけ医で治療していたが、はっきりとした原因が特定できず症状がひどくなってきているため、セカンドオピニオンとして当院に来院された。腹部エコー検査にて胃液貯留、胃幽門部狭窄、胆管の部分閉塞が確認された。特に幽門狭窄が重度であり、この狭窄により胃内容物が腸へ通過できず、慢性嘔吐の症状が発生しているものと考えられた。ご家族様は早急な外科治療をご希望であったため、開腹手術を実施することとした。

  2. 開腹手術

    胃幽門部の観察では、線維性構造物(糸や筋状の固い組織)が周囲に巻きつき、胃を締め上げるように浸潤する様子が確認された。幽門狭窄はかなり重症であり胃内のガスを圧迫しても一切十二指腸へ流出できないほどで、線維性構造物は胃底部まで浸潤していることから、癌である可能性が疑われた(図1)。

    図1
  3. Y-U形成術による幽門形成を実施

    生検を行い、Y-U形成術(胃の出口を広げる術式)による幽門形成を実施した。形成後、胃の圧迫により容易に十二指腸へガスが流れることを確認し、閉腹した。生検の病理検査の結果、胃の線維性構造物は「腺癌」であると診断された(図2)。胃腺癌であることが判明したため、今後の腫瘍浸潤やそれによる再狭窄を防ぐため分子標的薬※(トセラニブ)による抗癌治療を行なっていくこととなった。時折嘔吐がみられるものの、体重は増加し、現在まで経過は良好である。

    図2

※分子標的薬(従来の抗癌剤は癌細胞の活発な増殖を抑えることで効果を発揮するが、癌細胞だけでなく正常な細胞の増殖も抑えてしまうため、副作用がおこる。一方で分子標的薬は、特定の分子の機能を阻害する薬剤で正常な細胞へのダメージが少ないため、従来の抗癌剤に比べると体への負担が少なくなっている。そのひとつであるトセラニブは腫瘍塊への血管新生を抑制し、腫瘍組織への血管供給路を断ち、腫瘍の成長を抑制する。現在、さまざまな腫瘍に対する抗腫瘍治療に応用されている。)

猫の皮膚血管肉腫の診断・治療実績

猫の皮膚血管肉腫の発生はまれで報告も少ないため、腫瘍の挙動や治療の有効性について詳細は不明です。一般的には外科手術が第一選択の治療とされ、追加で術後の抗がん剤治療を行う場合もあります。比較的再発が多いとされ、60〜80%の症例で再発が認められたとする報告もあります。

  1. 来院

    耳介にできた腫瘤からの出血が止まらないとのことで来院された。腫瘤は長径3cm以上で左耳介背側に存在し一部自壊、多量の出血が認められた(図1)。

    図1
  2. 耳介の切除手術の実施

    鎮静下での止血処置を試みたが出血は制御困難であったため、ご家族様と相談し腫瘤を含めた耳介の切除手術を実施した。

  3. 術後

    腫瘤を含めた耳介と周辺組織および垂直耳道を可能な限り切除し、耳孔を再建した(図2)。病理組織学的検査にて「血管肉腫」と診断されたが、腫瘍は完全に切除されており、転移等も認められなかったため経過観察とした。現在、術後1年以上経過するが、再発や転移等は認められず良好な生活を送っている。

    図2

腹腔内出血を伴う脾臓血管肉腫の診断・治療実績

犬の脾臓血管肉腫は急速な増大と広範な遠隔転移(肝臓、心臓など)をおこすきわめて悪性度の高い腫瘍です。すべての犬種で発生しますが、特に中高齢のゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバー、ジャーマンシェパードで多く発生します。血管肉腫は非常にもろいため、破裂や出血を起こしやすく、致命的な病態に発展することがしばしばあります。治療は脾臓の外科的な摘出が第一選択となりますが、外科単独だと中央生存期間は19~86日、外科に化学療法(抗癌剤治療)を組み合わせると中央生存期間は5~6ヶ月とされます。腹腔内出血のある症例では、さらに予後は悪くなります。

  1. 来院・腹部エコー検査

    元気食欲が徐々に低下、腹部膨満傾向とのことで来院された。来院1ヶ月前から徐々に元気食欲の低下が認められ、来院時には呼吸が荒く、お腹の張りを認めた。腹部エコー検査を実施したところ、複数の直径10cmを超える脾臓腫瘤病変、腹水貯留を認めた(図1)。

    図1
  2. 脾臓の全摘出

    以上の所見より、脾臓腫瘤病変の破裂による腹腔内出血を疑い、緊急手術を実施した。
    開腹後、脾臓腫瘤の破裂、出血を確認した。脾臓周囲の血管を止血した後、脾臓の全摘出を行った(図2)。病理組織学的検査にて「血管肉腫」と診断された(図3)。

    図2
    図3
  3. 術後

    術後、体調は劇的に改善し3日目に退院となった。ご家族様と相談のうえ比較的有害事象の少ないシクロホスファミドを中心としたメトロノミック化学療法※を実施した。症例は術後3ヶ月で肝転移を認め亡くなったが、それまで臨床症状は認めず良好な生活が送れた。

※メトロノミック化学療法(低用量の化学療法剤(抗がん剤)を持続的に投与する薬剤療法。従来の化学療法と異なり、腫瘍の退行を目的とせず、血管新生を抑制することで腫瘍の安定化および共存を目標とする。低用量および経口投与であるため、化学療法剤による有害事象のリスク低減、自宅での投薬が可能というメリットがあり、外科手術後の補助療法や、病態が進んだ症例の緩和療法として選択される。)

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